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大阪家庭裁判所 昭和46年(少)5840号 決定 1971年10月30日

少年 S・S(昭二七・五・一〇生)

主文

1  少年を医療少年院に送致する。

2  医療少年院は少年の処遇に関し次記趣旨に則つた配慮をされたい。

少年に利用しうべき残存聴力があるか否かの診断を経たうえ、その余地がある場合においては補聴器の利用によつて聴力損失を補償していくなどの聴能訓練を実施すること。

3  大阪保護観察所長は少年の環境調整に関し次記趣旨に則つた措置を執られたい。

少年の少年院出院時において暖かい理解のもとに少年を受入れてやれるような住込の就労先が確保されていることを目標とし、

<1>職業安定所や少年の元就労先など公私の関係先と連絡・交渉の機会を持ちその理解・協力が得られるよう、現時点から意欲的な斡旋活動を実施すること。

<2>右斡旋活動の実情を把握した保護司において(できうれば予定される就労先の関係者とともに)少年との面会をくりかえすなどして少年と予定される就労先の関係者との間に在院中から暖かい心の交流が芽ばえるよう、現時点から意欲的な援助活動を実施すること。

<3>その他必要かつ適切と考えられる措置。

理由

(非行事実)

少年は、

1  昭和四六年七月末ごろ、東大阪市○○×××番地○野○属株式会社独身寮において、○上○之所有の郵便貯金通帳一通(預金現在高二〇、一〇〇円)・印鑑一個(時価三〇〇円相当)を窃取し(同居盗)、

2  同年八月一一日午前五時一五分ごろ、大阪北区○○○○×丁目××番地先路上において、○岡こと○○子所有のショルダーバック一個(時価九〇〇円相当、○○子所有の化粧品類一〇点<時価約一七〇〇円余相当>・外国人登録証明書一通ならびに○○烈所有の外国人登録証明書一通在中)を窃取し(ひつたくり)、

3  同日午前六時四五分ごろ、八尾市○○○○×丁目××番地先近鉄バス○本○校前停留所附近において、バスを待つていた○藤○子(二〇歳)に対して、所携の鉈(昭和四六年押第七七一号の2)でいきなり左手を切りつけるなどの暴行を加え、よつて、加療約一週間を要する左前膊切創なる傷害を負わせたものである。

(適用法条)

非行事実1・2につき 刑法二三五条。

同3につき 同法二〇四条。

(処遇)

1  少年は、遊興費が欲しいということで住込先の独身寮に置いてあつた同僚の貯金通帳などを目あてとして本件非行事実1を敢行したが予め被害連絡がなされていたために貯金の現金化に失敗し、その後も住込先を無断外泊して深夜映画を見るなどの遊びにふけるうち再び遊興費を手に入れたいとの考えがつのつて比較的成功しやすいと思われた女性を相手として本件非行事実2を行なつたが取得品中に現金がなかつたために所期の目的を果せず、そこでさらに兇器を用いての現金入手方を考え結果的に本件非行事実3に至つた(したがつて傷害にとどまらず恐喝未遂~強盗致傷にまで発展しかねない要素が孕まれていた)ものと認められる。

2  少年は、昭和二八年一一月一六日(推定一歳六か月ごろ)大阪市内の映画館で遺棄されているところを保護され、保護者や親族等一切不明の棄児であつたために、同月二一日大阪府中央児童相談所長の措置により養護施設(社会福祉法人○バ○ン○ー○)へ入所し、翌昭和二九年一〇月七日名前を「S・S」・生年月日を「昭和二七年五月一〇日」(推定)・本籍を「大阪府茨木市○○○○×××番地の×」(同施設所在地)として就籍するところとなり、その後聾唖であることが判明するに至つてろうあ児施設へ入所の措置変更を受け、昭和三二年六月二〇日以来ろうあ児施設(社会福祉法人○然○)で生活しながら聾学校(大阪市立聾学校)へ通学していたが、昭和四三年三月その中学課程の終了とともに製缶工場(○野○属株式会社)へ住込で就労することとなり、同月一二日同施設を退所することとなつたものである。

3  少年は、施設在所当時においては異性に対するいたずらなど若干の問題行動がみられた以外きわだつた生活の乱れはみられなかつた模様であるが、施設を出て自由な身での就労生活に入つてからは生活範囲も広がつて周囲の影響を受けることが多くなつたためか、昭和四五年一〇月一一日異性への関心から女湯をのぞき込む軽犯罪法違反の非行を犯し同年一二月一日審判不開始(事案軽微)の決定を受け(当庁昭和四五年少第八一八九号軽犯罪法違反<簡易送致>保護事件)、さらにはそのころよりトランプや花札などの賭事に凝つて金銭を浪費するなど生活態度に乱れが目立ちはじめ、最近においては就労意欲も低下して飲酒・喫煙のほか盛場徘徊・パチンコ・深夜映画・深夜喫茶などの不健全な遊びを覚えて金銭への執着心を強めており、遊興への興味や関心から自らの生活を持ち崩し堅実な生活を志向していきにくい現況にあるものと認められる。

4  少年は、聾唖で低知(IQ七五)という資質面のほか棄児で幼少時より施設生活をよぎなくされてきたという不幸な境遇をも反映してか、自己本位・わがまま・怠惰・横着ということに加えて短気で持続性に欠ける、直接的・実利的・快楽的・刹那的な事柄への関心に支配されて物事を深く考えたり内省したりすることができにくい、対人関係も結びにくいなど社会化されない人格が形成されており、さらには情緒も不安定で周囲の影響を受けるままにあるいは自らの欲求の赴くままに手段も選ばず衝動的行動をくりかえしやすい現況にあるなど、その性格や行動傾向にも非行との関係で放置し難い問題点が認められる。

5  少年は棄児で保護者や親族の状況は一切不明であり、これまで少年の境遇を思つて種々配慮を施してきた○野○属株式会社(前述)の関係者においても本件のような非行事実が発覚した以上このまま引続いて少年を雇傭していくことは困難であるとして昭和四六年八月一三日付で少年を退職せしめている実情にあり、以来少年には住居も就労先もなくなつていたものである。

しかるに、本件の調査中に大阪市立聾学校(少年の元在学校、前述)の生活指導担当教諭で保護司をも兼ねる○井○郎氏の積極的なはからいがあつて同氏の知人で聾唖者の生活に深い理解を持たれる○石○義氏が自分の経営する○石○作○(抜刃型製作工場)において少年を住込で就労させてみたいとの意向を申し述べられたこととて、当裁判所は同年九月六日○井○郎氏や○石○義氏の援助のもとに試験観察(在宅)によつて少年の動向を観察してみることとし、少年もこれにより一時落着きをとりもどしかけたかに見えたものの、慣れるにつれて次第に就労を怠けるようになり、最近においてはテレビや扇風機などの生活道具を入質して遊興費を作ることまで覚え無断外泊をしては盛場徘徊やパチンコ店・ゲームセンター・深夜喫茶・トルコ風呂といつた如き不健全な場所への出入りをくりかえすに至つているほか、同年一〇月七日には同僚の聾唖少年とともに徳島市内へまで出かけたうえ同市内のバーで無銭飲食まがいの行動に及んで補導されるなどの事態も引起こしており、○井○郎氏や○石○義氏においてもこのままでは少年の引受に責任が持てないと申し述べられる実情にあり、さしあたつては少年を在宅の方法で保護していくために活用しうる社会的資源がどこにも見当らない現況にあるものである(すでに一九歳五か月余に達している少年の場合にあつては改めてろうあ児施設へ入所せしめるなどの児童福祉法上の措置もとりえない)。

6  以上、少年の年令・資質・性格・生活態度・環境・非行傾向・本件非行の内容・試験観察の結果など諸般の事情を総合してみるとき、少年につき認められる問題点はいまや在宅保護の方法(試験観察<補導委託>をも含む)を以てしてはチェックし難い段階にまで立ち至つているものというべく、少年の健全な保護育成を期するため少年を早急に少年院に収容のうえ徹底した矯正教育を確保していくことが急務であると認められ、現時点において少年を医療少年院に送致するのが相当であると思料される。

7  なお、大阪少年鑑別所の鑑別結果によると、少年は聾唖とはいうものの聴能力を完全に喪失してしまつているわけではない模様であり、もしそのようであれば補聴器の利用によつて聴力損失を補償していくなどの聴能訓練を意欲的に試みることが相当というべく、医療少年院においてその点に関する処遇上の配慮を施す必要があるものと認められるので、送致決定をした当裁判所としてはここにその旨の処遇勧告をしておくこととしたい。

8  ところで、上述したところからもほぼ明らかな如く、本件においては、少年自身の問題点もさることながら、その環境面の問題点も看過しえず、今後における少年の少年院出院時において暖かい理解のもとに少年を受入れてやれるような住込の就労先が確保されているというのでなければ、少年院における少年自身に対するせつかくの矯正教育の成果にもかかわらず少年の更生はその実効性を期し難いものになつてしまうおそれが極めて強いといわなければならない。

かくして、本件においては、少年自身に対する矯正教育と併行して主文第3項に掲記の如き保護観察所長による環境調整の措置が現時点から意欲的に実施されることがとくに必要と認められるものである(少年の問題点に鑑みるときは、現時点から意欲的に右のような環境調整に乗り出すことが必要と認むべく、犯罪者予防更生法五二条による環境調整に委ねるのでは不十分である)。

なお、この点に関し、○井○郎氏(前述)が保護観察所長の指示を待つて意欲的に活動してみたいとの意向をもらしておられること(同氏の審判廷供述)をここに附記しておきたい。

(むすび)

以上の次第であるから、当裁判所としては、少年院(医療)における少年自身に対する徹底した矯正教育と適切な処遇上の配慮に加え保護観察所長による現時点からの意欲的な環境調整の措置に期待を寄せ、あわせて少年の更生に実効あるを希求することが相当であると思料される。

よつて、少年法二四条一項三号、同条二項、少年審判規則三七条一項、三八条二項、三九条、少年院法二条五項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 栗原宏武)

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